まいにちがスペシャル

ジャニーズを中心に好きなものの話を

ド新規が考えたジャニーズにおけるシンメの魅力~奇跡の運命共同体シンメ、ふまけんの軌跡~《2》

前回の記事(下記リンク参照)の続きです。

今回は常にシンメとして活動してきた-運命共同体シンメである-ふまけんの所属グループの変遷に注目した内容になっています。

 第3章 シンメとしてのふまけんの魅力

3-1 運命共同体 

ふまけんはJr.時代から7年間常に同じグループでシンメとして活動してきました。 

シンメがシンメであり続けることの難しさは前回の記事の「2-3 シンメでいられる奇跡」の項で述べた通りです。したがって、グループをまたいでも7年間シンメであり続けてきたふまけんは奇跡的な存在であり、その存在自体が貴ぶべきものなのです。

ふまけんは運命共同体という言葉にふさわしく、NYC boysの自然消滅やSexy Zoneでのデビューなどアイドル人生における苦楽を常に共有してきました。それに伴って生じる感情は2人だけが理解し合えるものだと思います。

そして、その過程で築かれたシンメへの絶対的な信頼感や自分たちがシンメであることへの誇りを持っている(ように見える)ことがふまけんシンメの魅力でもあります。

それではふまけんは具体的にどのようなアイドル人生を歩んできたのでしょうか。ここからはふまけんの歴史について、グループの変遷という観点から注目して、B.I.Shadow時代初期・中期・後期とSexy Zone時代というように4つの時代に区分して、その軌跡を辿りたいと思います。 

B.I.Shadow時代初期(2008年10月~)

f:id:namota15:20151105032840p:plain

まずは、B.I.Shadowのメンバー変動期をまとめました。右側の丸印はその時点でB.I.Shadowに在籍していたメンバーを意味します。

ふまけんの半年ほど先輩にあたる岬くんは、劇団四季出身。しかもヤングシンバ役を務めた人物です。そんな圧倒的にスキルの高い岬くんとともに、ふまけんは入所後わずか半年で地上波連ドラ初出演を果たします。

その後、SMAPの再現ドラマで岬くんは中居さん、健人くんは木村さん、風磨くんは香取さんを演じました。入所1年にも満たないふまけんが大先輩SMAPの役を任されたのです。

ふまけん入所から1年経った頃、松村北斗くんの加入でB.I.Shadowが4人になった後すぐに岬くんが退所、高地優吾くんが新たに加入して再び4人に、というように一気にメンバーが変動しました。

北斗くんと高地くんは入所後1~2ヶ月でのB.I.Shadowへ加入。先輩である岬くんが抜けた後、入所して間もないメンバーとともに活動していくことになったのです。

 

B.I.Shadow時代中期(2009年6月~)

f:id:namota15:20151105033115j:plain

 

中山優馬w/B.I.Shadow。若いメンバーによる鮮烈なデビュー。ふまけんは入所後1年ちょっとでそのメンバーに選ばれました。いわゆるジャニーさんのスペオキである関西ジャニーズJr.の中山優馬くんをメインに結成されたグループで、両A面シングル「悪魔な恋/NYC」を発売。NYCの歌唱グループはNYC boys。バレーのサポーターを務めました。NYC boysとして活動していた当時の気持ちについて、健人くんは以下のように語っています。

「いつか目の前の3人(NYC)を追い抜いてやるって、どれほど強い気持ちでいたか。あのときの思いは忘れない。前列の3人が絶対的な存在だったから、俺はカメラに映るか映らないかの1秒に掛けてた。その1秒で俺を好きになってくれる子が絶対いるはずだと信じて。」(『ザテレビジョンCOLORS』2014年10月)

NYC boysはすでにHey!Say!JUMPとして活躍していた山田くんと知念くん、B.I.Shadowの誰よりもJr.歴の長い優馬くんを前面に推したグループ。当時の認知度や人気を思えば当然ですが、B.I.Shadowは常に後列です。同グループというよりもバックダンサーのようでしたが、健人くんが語ったように、ふまけんはとにかく前を向いて(実際2人はカメラ目線なことが多いです。)活動に取り組んでいました。

ところが、結成からわずか半年ほどで、NYC boysは自然消滅することになります。年末の紅白への出場まで果たしたにも関わらず、boysにあたるB.I.Shadowはなかったかのように、翌年からNYC名義のCDがリリースされました。   

 

B.I.Shadow時代後期(2013年3月~)

f:id:namota15:20151105033244j:plain

NYC boysはなくなったものの、B.I.Shadowはエビキスの次世代の中心グループとして活動を続けていきます。4人でドル誌の表紙を飾ることもありました。

詳しくは後述しますが2011年発表の恋人にしたいJr.では健人くんが1位、風磨くんが4位と東京Jr.でツートップの順位を飾ります。人気も得て、グループとしての活動も安定してきていましたが、8月頃から雲行きが怪しくなっていきます。

9月5日の「少年たち」の囲み取材でジャニー社長が「A.B.C-Zに新メンバー2人を加えてABC-xyZに進化させ、東南アジア公演も考えていきたい。」という構想を発表。また、週刊誌の取材に対して「xyはSexyの意味」「Sexy なメンバーを2人加える」との発言から、当時怪我のために車椅子生活だった河合くんの補助のために「少年たち」への出演が決まった風磨くんがその追加メンバーで、B.I.Shadowは解体されるのではないかと憶測が飛び交っていたようです。

そして、風磨くんが少年たちに出演する一方で、健人くんはHey!Say!JUMPの「DOME SUMMARY」に出演します。オープニングでは勝利くん、聡くん、マリウスくんという現Sexy Zoneのメンバーと一緒に4人で登場。「With you」は健人くんと勝利くんがメインで歌っています。

その後、9月29日にSexy Zoneの結成が発表されることになります。健人くんはドームSUMMARYで共演したにせよ、風磨くんにとってはほとんど面識がないと思われるメンバーとともに5人で活動していくことになったのです。それは同時にB.I.Shadowの消滅を意味していました。Jr.内のグループというものはできては消えていくものです。しかし、共に紅白出場まで果たし、約2年間も過ごしたメンバーと別れて、2人だけ別のグループでCDデビューするという状況に、2人の心境は複雑だったのではないでしょうか。

ただし、Sexy Zone結成後、B.I.Shadowは忘れ去られたかというとそうでははなく、ふまけんの提案によってSexy ZoneのコンサートのセトリにB.I.Shadowの曲を入れていたり、観覧に来ていた北斗くんと高地くんとふまけんの4人でB.I.Shadowのオリジナル曲である「ララリラ」を披露したりしています。*1

北斗くんと高地くんは現在SixTONESのメンバーとして活動していて、来月始まるジャニワでは健人くんと共演します。

Sexy Zone時代(2011年9月~)

f:id:namota15:20151105034018j:plain

中島健人菊池風磨佐藤勝利松島聡マリウス葉の5人で結成されたSexy Zoneは、11月16日に「Sexy Zone」でCDデビューを果たします。

上記の表ではJUMP以降のデビュー組のみリストアップしています。なお、少し前に作ったものなので、現在の平均年齢は2015年9月時点のものです。

JUMPも確かに若くしてデビューですが、薮くん、伊野尾くん、光くんなどJr.歴が長いメンバーがいて、すでにYa-Ya-yahJ.J.Expressで活躍していたメンバーが大半を占めています。SexyZoneとは決定的に経験値の差があります。

f:id:namota15:20151105033314j:plain

Sexy Zone結成当初の心境について、健人くんは次のように語っています。 

Sexy Zoneが結成されたとき、初めてメンバーを知って戸惑いがあったことは、確か。先陣切って走っていく自分を描いてきたのに、ときには後ろでグループを支える側にまわることも考えないといけないのかな…って。でもそれこそが、あのときのオレに必要な“学び”だったってことが、いまはすごくわかる。もっと成長していかなきゃね。」(『duet』2015年10月)

また、下に示した表は『Myojo』のJr.大賞(恋人にしたいJr.)のランキングをまとめたものです。*2Sexy Zoneデビュー年である2011年発表のランキングでは健人くんが1位と風磨くんが4位でした。単純にこのランキングだけで当時の人気を推し量ることはできませんが、エビキスはもうJr.の中で人気を確立していたとして、その次の世代においては当時のふまけんは東京Jr.のツートップだったと考えてよいでしょう。

f:id:namota15:20151105035824j:plain

北斗くん、高地くんとのB.I.Shadowで常にメインで、真ん中で歌ってきたふまけんの2人です。当時の人気、今までの立ち位置、そして年下のメンバーと一緒にデビューということを総合的に考えれば、そのグループで真ん中に立つのは自分たちだと考えるのが自然だと思います。まして、負けず嫌いで前に行きたい精神の強い2人。引用した健人くんの心境において、描いていた「先陣切って走っていく」自分とは、仁亀のようにふまけんの2人でメインを張ってグループを背負っていく姿だったのではないでしょうか。しかし、現実にはセンターの座についたのは勝利くんでした。

センターの勝利くん、そして聡くんとマリウスくん。ふまけんはSexy Zoneとして、Jr.期間がほぼ1年未満の3人と一緒にデビューすることになりました。次の表はSexy Zoneの年齢とJr.期間についてまとめたものです。(聡マリの入所した日付が分からないのでそれぞれ1日入所としてJr.期間の日数を出しています。)

f:id:namota15:20151105035641j:plain

当時まだ高校生だったふまけんの2人もJr.歴はまだ3年半ほどです。グループの年長組としては決して長くはありません。『ザテレビジョン』連載「Sexy素ナップ」第160回にて、Sexy Zoneデビュー当時のキーワードとして「新参者」を風磨くんが挙げていたように、全体的に経験の浅いメンバーで構成されているのです。

同連載で「新参者」の話題の時に手越くんと岡田くんの名前を挙がっていました。そこでJr.期間の短いデビュー組をまとめてみたのが下の表です。

f:id:namota15:20151105034118j:plain

表を見るといかにSexy Zoneが異質な存在であるかということが分かります。これだけ歴の短いメンバーが過半数を占めているグループは他にありません。ふまけんはこの幼いメンバーを引き連れて、グループとして活動していくことになったのです。

早すぎるデビュー。多くの人がそう感じたのではないでしょうか。B.I.Shadowを解体してまでこのメンバーでデビューさせる必要があったのか、当然反発もあったことと思います。メンバーの年齢とJr.歴を考慮すれば、どう考えても購買力のある固定ファンはついていない状況でのデビューです。現にデビューシングルの売り上げは厳しく、エビキスのメンバーを招集してまで緊急握手会を行うなどして何とかウィークリー1位を獲得しました。

安心と信頼の馬飼野先生の作曲かつ曲名=グループ名という期待を背負ったデビュー曲。顔面偏差値の高い正統派アイドルグループの誕生とも言われました。ところが、その裏側はエビキスとエビキス担の購買力を借りてのウィークリー1位。決して華々しいデビューではなかったのです。

初期のコンサートのドキュメンタリーを見ていると、健人くんがリハーサルも本気でやるようにと注意をしていたり、聡くんの鼻の下をふまけんが触ってふざけ合ったりして、ふまけんの姿はまさに弟の面倒を見てあげるお兄ちゃんのようです。ふまけんと年下組の距離はしだいに縮まっていき、Sexy Zoneの5人の活動が板についてきます。

しかしながら、そんなSexy平和Zoneは徐々に脅かされていくのです。衣装やPVでのカット数に格差(中島菊池佐藤と松島マリウス)が生じ始め、ついにはメンバーの流動化が発表されます。中島・菊池・佐藤の固定メンバーの3人以外を流動的にするとはいったものの、実際のところは3人での活動体制となり、ジャケ写も3人だけになりました。

ふまけんはB.I.Shadowと同様にメンバーと切り離されるという辛い経験をすることになりました。また、この流動化発表をきっかけとしたグループ担の担降りに心を痛めたであろうことは想像に難くありません。

今年の秋は、Mステに衣装格差なしで出演したり、聡マリのテレビでの露出が増える傾向にあったり、徐々に5人のSexy Zoneに戻ろうとしているのではないかと思われる動きが多いです。

私がSexy Zoneにハマったのはこれでもかとチャチャチャが流れまくっていた時期なのですが、Sexy Zoneについて知れば知るほど5人揃ったSexy Zoneが見たいという思いが強まっていくのを感じていました。そんな時に目にした「久しぶりに5人」のMステSPでの「Sexy Zone」には、私が見たかったのはこれか!という感動で、しばらく放心状態になりました。何度もリピートしたことは言うまでもありません。

 

長々と綴ってきましたが、ふまけんが歩んできた歴史を所属グループの変遷に注目して簡単にまとめると以下のようになります。

・入所半年でB.I.Shadowのメンバーに選出

・B.I.Shadowのメンバーの変化 →先輩の髙畑が脱退、新人の松村と高地が加入

中山優馬w/B.I.Shadow名義(NYC boys名義の曲も収録)でCD発売

NYCboysとして紅白出場

・NYCとしてシングルCD発売→boys=B.I.Shadowは切られる

・B.I.Shadowとして少クラやドル誌に登場、活動を続ける

・中島と菊池のみSexy Zoneのメンバーに選出→B.I.Shadow自然消滅

Sexy Zoneが固定の3人(佐藤・中島・菊池)以外のメンバーを流動的にすると発表  →実質3人体制(CDやDVDのジャケ写は3人)

ザ・紆余曲折といった感じです。入所以来、このようなグループの変遷を経験しながら、常に2人はシンメとして、まさに運命共同体として、アイドル人生を歩んできたのです。

 

さて、このようにずっと同じグループで活動してきた健人くんと風磨くんですが、シンメであるお互いのことをどのような存在であると考えているのでしょうか。

それはまた別の項で彼らの言葉を借りながら考察していきたいと思います。

 

(《3》へつづく)

*1:また、初期メンバーの岬くんもSexy Zoneの横アリでのコンサートを鑑賞したことを明かし、ブログに「ふーま。けんと。サンキュー!」と綴っています(ふまけんが招待したのではないかと推測されているようです。)

*2:当時所属していたグループ毎に色分けしています。